大阪地方裁判所 昭和25年(ワ)1252号 判決
原告 釜口政吉
被告 木村シン 外三名
一、主 文
原告の請求は之を棄却す。
訴訟費用は原告の負担とす。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告山本キミ、同中野福太郎、同山本勇は原告に対し大阪市住吉区南加賀屋町四四五番地の二地上木造瓦葺二階建住宅一戸建坪二十八坪三合八勺外二階坪十四坪四合二勺を明渡すべし。被告木村シン、同山本キミは原告に対し連帶して昭和二十三年九月一日以降同年十月十日迄一ケ月百五十円の割合、同年十月十一日以降昭和二十四年五月三十一日迄一ケ月三百七十五円の割合、昭和二十四年六月一日以降右家屋明渡済に至るまで一ケ月六百円の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告等の負担とす。」との趣旨の判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、前記家屋は元訴外日鮮土地株式会社が所有し昭和十二年九月二十二日被告木村シンの先代木村善蔵に対し、一ケ月の賃料五十五円、賃貸人の同意を得ないで賃借権を他に譲渡し又は他人を同居せしむる等の行為を禁止し、敷金として額面六百円の勧業債権を差入れしめ、期限の定めなく賃貸してきたが、原告は昭和十三年八月十八日右訴外会社より右家屋の所有権を取得し、訴外会社と木村善蔵との間の賃貸借関係を承継した。然るところ、木村善蔵は昭和二十年八月七日死亡し、被告木村シンがその家督相続をなし、先代善蔵の右賃借権を相続したが、同被告は原告の同意承認を得ずして右賃借権を被告山本キミに譲渡し、被告山本キミはその他の被告等を同居させて現在に至つている。よつて原告は被告木村シンに対し昭和二十五年二月三日到達の内容証明郵便を以て右家屋賃貸借契約解除の通知をなし、同被告との間の右契約は同日限り解除された。被告山本キミは木村善蔵死亡当時より法律上何等正当権限なくして不法に該家屋を占拠するものであり、その他の被告等も同様不法に占拠居住するものであるから之が明渡を求める。
仮に右の解除が不適法であるとしても、被告木村シンが賃借権を相続したことは疑ないところであつて、この場合被告山本キミの居住権については、被告木村シンが本件家屋に居住しているような場合は別問題として、本件の場合のように同被告は被告山本キミとは別居し相続開始後一回も立寄らないという状況にある場合に於ては相続人たる被告木村シンの意思に反しない範囲内に於て居住することができるものと解すべきものであるところ、被告木村シンは先代善蔵の死亡により相続承継した本件家屋の賃借権を抛棄したものであるか少くとも本件家屋に関与することを拒絶している事実は明白であるから、被告山本キミが本件家屋に居住すること自体が相続人被告木村シンの意思に反するものである。
以上の主張が理由なしとするも、原告は木村善蔵死亡当時被告山本キミが善蔵の妻と思料していたので同被告に対し、原告の孫に当る正義の結婚もあるので特に同人等の居住に充てることを理由として昭和二十二年九月頃解約の申入をなし、該家屋の明渡方を交渉した結果、同被告は他に適当な家屋があれば移転する旨を特約したので、原告は大阪市住吉区南加賀屋町一二番地上木造瓦葺二階建住宅一戸建坪十坪余の家屋を提供し、尚現に空家として存置してあるほど誠意を尽したが、同被告は約束に反し明渡を実行しないのであると述べ、被告木村シン、同山本キミに対し請求の趣旨記載の通り統制家賃金相当額の損害金の支払を求め、被告等の抗弁事実を否認した。<立証省略>
被告等訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として、原告が昭和十三年八月十八日訴外日鮮土地株式会社より本件家屋の所有権を取得し賃貸人としての地位を承継したこと及び木村善蔵が昭和二十年八月七日死亡し被告木村シンが選定家督相続人として昭和二十二年十一月四日相続届をなしたことは認める。
本件家屋は被告山本キミと木村善蔵とが共同で芸妓置屋を営むため昭和十二年九月二十二日前所有者日鮮土地株式会社から原告主張のような約定で共同賃借したものである。賃借名義人は木村善蔵となつているが、それは同人が被告山本キミの内縁の夫であり且つ両名共同で営業をなしたからである。右事実は日鮮土地株式会社も認めていたのであつて、両名はその後昭和十八年に統制によつて廃業するまで共同で或は被告山本キミ単独で「巴」という屋号で特殊料理店を営み、生活の本拠としてきたものである。
仮に被告山本キミが木村善蔵と共同賃借したものでないとしても、原告の被告木村シンに対する賃貸借契約の解除は正当な解除原因を欠くもので解除の効果は生じない。又被告木村シンが木村善蔵の相続人として本件家屋の賃借人たるの地位を抛棄したことは争う。仮に被告木村シンが右賃借権を抛棄したとしても他の被告等の居住権に影響を及ぼすものではない。
住宅用家屋の賃借関係に於ては契約面に表はれた賃借名義人ばかりではなく、該家屋に於て之と共同生活を営む家族に対しても各自賃借名義人と同等の地位でそれを使用占有することを予期してそのような権利をその家族に賦与する趣旨の合意があるものと認めるのが相当で、家族も亦賃貸人に対し自己居住のため賃借名義人と共同占有し得る地位を取得するものと謂わねばならない。被告山本キミは木村善蔵の法律上の妻とは謂い得ないが、両名とも戸主であつたため正式の婚姻届ができなかつただけで社会通念上立派な夫婦関係にあつたもので、世上所謂妾というような関係ではなかつたから木村善蔵の家族の一員として生活共同体の構成員であつて木村善蔵と同等の地位で該家屋を使用占有する自己固有の権利を有するものである。被告木村シンが先代善蔵の賃借人としての地位を承継しても同被告は本件家屋に居住したことなく、同被告が賃借人としての地位を抛棄したと認められても、被告山本キミの前述の占有使用権を害する理由はない。
被告中野福太郎は木村善蔵の遠縁に当る者で当七十三歳の老齢であるが善蔵在世当時から善蔵が扶養し、善蔵死亡後は被告山本キミが同人を扶養しているものであり、被告山本勇は被告山本キミの実兄で同人も七十歳の老齢であり、昭和二十三年四月から被告山本キミが引取り扶養しており、いづれも親類縁者として本件家屋に同居し家族の一員となつているものでその間に転貸借関係はなく不法占拠をなすものではない。
原告が昭和二十二年九月被告山本キミに対し解約の申入をなし、同被告が、適当な家があれば移転することを約したとの主張は争う、と述べた。<立証省略>
三、理 由
大阪市住吉区南加賀屋町四四五番地の二地上木造瓦葺二階建住宅一戸はもと日鮮土地株式会社の所有であつて、昭和十二年九月二十二日木村善蔵を賃借名義人として右会社との間に原告主張のような条件を以て賃貸借契約が成立したこと並に原告が昭和十三年八月十八日右家屋の所有権を取得し之が賃貸人としての地位を承継したことは当事者間に争がない。
被告等は右家屋は被告山本キミが木村善蔵と共同で前記会社より賃借したものであると主張するけれども、右事実を認めるに足る証拠はなく、成立に争のない甲第一号証によるも賃借人は木村善蔵単独であつたものと認めなければならない。尤も証人大久保佐一郎の証言及び被告山本キミ本人の供述によれば、木村善蔵と被告山本キミとは事実上の夫婦として本件家屋賃借当時より共に居住し、同家屋に於て共同して芸妓置屋営業をなしていた事実は認められるが、右事実を以てしては未だ被告山本キミと木村善蔵とが該家屋の共同賃借人であつたことを断定する資料となすに足らない。
次に前記賃借人木村善蔵が昭和二十年八月七日死亡し、被告木村シンが選定家督相続人として昭和二十二年十一月四日その相続届出をしたことは当事者間に争がない。そこで被告木村シンの賃借権の相続について考察するに、
一般に家屋の賃借権は財産権であることは肯定しなければならないから、被相続人の賃借権は相続人に於て相続することも一応肯定しなければならない。然し乍ら、住宅用家屋の賃借権については、それが常に相続の客体たり得るか否かは別の考察を加える必要がある。凡そ住宅用家屋の賃借権は賃借人及び之と共同生活をなす者が当該家屋を占有居住し得ることを内容とするものであつて、それはあくまで家屋の現実の利用関係を離れては考えられない権利である。従つて若し賃借人の相続人が相続当時に於て別の家屋に居住し被相続人たる賃借人並にその共同生活者等と生活上何等の関係もなく、当該家屋に同居の必要も利益もなく、又当該家屋の賃借権と一体となつた財産的利益(例えば営業的権益)もないような場合には家屋賃借権は相続の客体とならないものと謂わねばならない。
本件についてみるに、当事者間に争のない事実並に成立に争のない甲第三、第五号証を綜合すれば、被告木村シンは本件家屋の賃借人であつた木村善蔵に相続人がなかつたため家督相続人として選定されその相続をなしたものに過ぎず、被相続人善蔵と共同生活関係にあつたこともなく、全然別個に居住生活し、かつて本件家屋に居住したことはなく、又本件家屋を使用居住する意思も実益もないのみならず、本件家屋の現住者である他の被告等と生活上経済上全然没交渉であつて、本件家屋の現実の利害関係は少しもない事実を認めることができる。従つて前述の理由から被告木村シンは先代善蔵の賃借権は相続しないものと断定せざるを得ない。原告は被告木村シンが本件家屋の賃借権を原告の同意を得ないで被告山本キミに譲渡したことを理由として賃貸借契約を解除したことを主張し或は賃借権を抛棄したことを主張するが、右判断の通り被告木村シンは相続による賃借権を承継取得した者ではない以上、賃借権の譲渡或は抛棄は理論上あり得ないことであつて、この点に関する原告請求はその理由がないものと謂わねばならない。
そこで被告山本キミが本件家屋を占有居住することの正当性の有無について判断するに、同被告が賃借人木村善蔵と事実上の夫婦として本件家屋に於て共同生活を営んでいたものであることは前に認定したところであるが、家屋の賃借人と共に該家屋に於て家族的共同生活を営む者は賃借人の賃借権を援用して居住権を主張し得るものであつて、この居住権を主張し得るものは必ずしも賃借人と法律上親族関係というような身分上の関係のある者に限定される理由はなく社会通念上賃借人と共に当該家屋に於て共同生活を営むものと認められる者であれば足りる。而して賃借人と共同生活をする者は固有の権利に基き独立占有をするものでなく、賃借人の賃借権を援用してその居住権を主張し得るに過ぎないと解すべきものであるから、賃借人の賃借権が解除、期間の満了等の事由により消滅した場合には共同生活者の居住権も亦同時に消滅するものと謂わねばならない。然らば本件の場合のように賃借人が死亡し然も相続人がその賃借権を相続しない場合はどうであろうか。この場合、賃借人の死亡という偶然の事実によつて残る共同生活者の居住権が一朝にして喪失を来すと考えることは正に不合理であつて、依然として居住権の存続を認むべきものであり、このことは家屋賃貸借契約の内容として当然に包蔵されたものと解するを正当とする。而して残る共同生活者のうち何人が賃借人の地位を承継するかはそれぞれの具体的実情に応じて決せられなければならぬ問題で一般に共同生活者のうち代表的立場に在る者(例えば世帶主的立場に在る者)が死亡した賃借人の地位を承継するとみるのが正当であつて、本件に於ける被告山本キミは正にその地位にあるものであり、賃借人たりし亡木村善蔵の賃借人としての地位は同被告が承継したものと謂うべきである。
被告中野福太郎、同山本勇は、被告山本キミ本人の供述によると、いづれも被告山本キミが生活の面倒をみて共同生活をしており、独自の占有関係に立つものではない事実が認められるから、両被告はいずれも被告山本キミの賃借権を援用して原告に対しその居住権を主張し得る立場にあるものと謂わねばならない。
次に原告が予備的請求原因とする被告山本キミの家屋明渡の特約の有無についてみるに、証人釜口正義の証言によれば、被告山本キミは他に家があれば本件家屋を明渡してもよい旨言明した事実並に原告が他に家屋を一戸移転先として提供した事実を認め得るが、他に家屋があれば移転すると云うことは被告山本キミの納得する家屋があつたときはそれに移転する趣旨と解せられるのであつて、右証人の証言並に被告山本キミ本人の供述によれば、原告の提供した他の家屋が被告等の生活上適当な家屋でないため之に移転を拒絶した事実を認めることができるのであつて、結局被告山本キミの納得できるような家屋の提供がなかつたものとみられるから、同被告の本件家屋の明渡の特約は未だ条件が成就しないものであり、従つて明渡義務も未だ発生しないものである。
以上認定の通り、原告の被告等に対する本件家屋明渡請求はいずれもその理由がなく、従つて被告木村シン、同山本キミに対する不法占拠を原因とする損害金の請求も亦理由がないことに帰するから、原告の本訴請求は全部棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 三上修)